C.細胞の分化,組織および器官の形成Differenzierung der Zellen, Gewebe-und Organbildung
細胞の分化DifferenzierungすなわちSonderung(分別の意)は細胞分裂が持つ使命の1つであると思われる.細胞の分化はどれをもても,そのすべてが新個体の出発点である受精卵がひきつづいておこる分裂によって多数の細胞となって,これらの細胞が受精卵が受精卵から受けついだ材料に基づいておこっている.この分化の目的とするところは分業Arbeitsteilungである.分業は高等な生物には必要なことである.原性動植物はその体がわずか1個の細胞からなるので,この1個があらゆる役目をする.この場合でもある程度の分業があって,つまい核は原形質とは違った機能を持っている.なおまた原形質の内部にも分化がありうる.そこに筋原線維ができていることさえある.そして分化が必要である.そして文化の程度や形式がち� �うのに従って,それぞれの生物が高低いろいろの段階に立っているわけである.
分化の量とその方向を知ろうとするならば,われわれはここであらゆる種類の細胞とそのつくったものまで数え立てねばならないのであろう.しかしその目的のためには,雑多な種類の細胞を無理の内容に分類してつまりいわゆる簡単な組織einfaches Gewebeの群に分けて述べるのがよいと思う.
組織とは,もともと同じ種類に属する細胞およびその細胞から生じたものの混合体である.
動物においてはそういう組織として4つが区別される.
1. 上皮細胞 2. 結合および支持組織 3. 筋組織 4. 神経組織
動物体の器官Organeはこの4つの組織のなかの1つあるいは2つ以上によってできている.器官という概念の形態学上および生理学上の定義は次のごとくである.
器官は1種あるいは2種以上の組織より成り,決まったか形と機能をもつものである.
その例として:1個の杯細胞は1つの組織に属するわずか1つの細胞からなる器官であり,爪は単一の組織に属する多数の細胞が集まってつくっている器官であり,腺はいろいろな種類の組織からできている器官である.
いくつかの器官によって機能的にいっそう高いつながりをもった単位が構成される.これが装置Apparatあるいは系(統)Systemである.例えば視覚装置Sehapparatは眼,眼筋,神経,血管およびその他の数多くの補助機関より成っている.
そして最後に動物体の全体は多数の器官や装置からできているわけである.
上述の関係からして,生物体の要素として細胞を述べたのに続いて,まず組織を列挙するには全くいろいろな方法がある.形態学的,生理学的,発生学的というそれぞれの立場がある.
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これらの立場のどれを厳守してみても,組織の分類としては全般に妥当とするものとはならない.そこで最も広くおこなわれている分類がすぐ上に紹介されたものであって,これは単一の原則によって決定したのではなく,発生学と生理学と形態学の諸性質をあわせたものがその土台になっているのである.
Rauber, A., Die histologischen Systeme. Sitzber. Naturf. Ges. Leipzig, 10. Bd.,1883.-Haeckel, E., Ursprung und Entwicklung der tierische Gewebe. Jen. Z.,18. Bd.,1884.-Gaule, J., Oekus der Zellen; in: Beiträge z. Phys.,1887.-Peter, K., Die Gewebe im Unterricht. Anat. Anz., 68. Bd.,1930; Über anatomische und physiologische Eiheiten des Körpers. Anat. Anz., 71. Bd.,1931.-Patzelt, V., Zur Einteilung der Binde-und Stützgewebe. Acta anat. Vol. 9.1950.
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組織の分類にはいろいろな行き方があるが最も広くおこなわれいるのは次のものである.すなわち1. 上皮組織,2. 結合および支持組織,3. 筋組織,4. 神経組織に分けられるのである.
1.上皮組織Epithelgwebe
定義:上皮組織は細胞のみから成っていて,その細胞は接合質によりあるいは突起によりあるいはその両者によってたがいに結合しており,1層あるいは多層をなして連続し,体の内外にある自由表面を被っている.
これは細胞のみからなるので,あらゆる組織のなかで最も簡単なものであり,それゆえ細胞学のすぐあとにつづいて述べるのが好都合である.
一般的性状:上皮細胞は原形質と核より成り,はっきりした境界を示す細胞である.細胞膜はしばしば欠けて,原形質の周縁部が固くなって細胞膜の代わりをしていることが多い.大多数の上皮細胞は軟らかくて,従って周囲の圧関係に容易に適合できるのである.しかしまた正にその配列のために上皮細胞は事情によっては,かなり強い圧をたがいに及ぼしあうことができるのであって,そのために特に胎生期には形態発生の重要な諸現象を引き起こし得るのである.なお成体においても多くの上皮細胞団はその構成要素すなわち個々の脂肪がたがいにおよばす圧のもとにある.細胞の形が容易にそのことをしめしているが,その他の点からもこれは証明できるのである.
上皮組織をなす細胞の形が容易にそのことをしめしているが,その点からもこれは証明できるのである.
上皮組織をなす細胞の形の豊富さFormenreichtumははなはだ著しいものであり,大きさの差異も高度である.細胞体の外面および内部に多種多様な構造がみられることがある.
形状によって4種を分ける:扁平上皮Platten-Epithel(敷石上皮Pflaster-Epithelともいう),円柱上皮Zylinder-Epithel, 絨毛上皮Flimmer-Epithel, 移行上皮Übergangs-Epithelである.
扁平上皮の細胞は平たくて薄く,小鱗状の板をなし,その境界線が多くは不規則である.ただ網膜の色素上皮(色素層Stratum pigmenti)の細胞は規則正しい六角形をしている(図39).他の細胞,たとえば口腔上皮の表面の細胞は不規則な輪郭をしめす(図40).そのほかの扁平上皮細胞でも五角形あるいは六角形をするものがあって,その境界が直接的ではあるが,境界線の長さがまちまちである(図46).
円柱上皮細胞はいろいろの長さの稜柱の形をしている.それには(いわゆる)立法形の細胞kubische Zellen[「立法形」の細胞"kubische"Zellenという名前はよくない.さいころの形をした細胞を誰もみたことはあるまい.いわゆる立法形の細胞はその形から云えば五角形あるいは六角形の円柱状または稜柱状の細胞で丈の低いものである.(原著註)]からの眼の水晶体をなす長いひものような"水晶体線維"Linsenfasernまであらゆる形のものがある.楕円に近い形の核がその長軸を細胞の縦の方向に一致させて存在する.細胞の基底部は細い突起をだして,その下にある組織に鈎をかけたように付着している.
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[図39]ヒトの網膜の色素上皮の細胞.
[図40]ヒトの口腔粘膜の扁平上皮細胞.×300.
[図41]カエルの腸から取り出された円柱上皮細胞.×750.
[図42]カエルの口蓋から取り出された杯細胞.×750.
[図43~44]絨毛細胞.ヨーロッパの食用カタツムリHelixの腸上皮.(M. Heidenhain)
[図45]ドブシジミCyclasの絨毛上皮細胞.(W. Engelmann)
[図46]硬骨魚Perca fluviatilis(スズキ属)の小さい胚子の表皮を外方からみる.細胞の境をしめす.×200.
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絨毛細胞Flimmer-oder Wimper-Zellenは円柱状または円錐状の細胞で,その自由面には多数の細かい毛が生えていて,その毛が細胞の生きているときは運動bewegen od. flimmernする.この絨毛は小皮縁Kutikularsaumという細胞体の縁の固い特別な1層付着している.そこで基底小体Basalkörperchenというものと結合している(図43~45).これからさらに細胞体の内部に細かい糸状物がのびて,これが集中しながら円錐状をなすので,絨毛根円錐Wimperwurzelkegelとよばれる.楕円に近い形の核が小皮縁からいくらか隔たったところにあり,その長軸は細胞じしんの縦軸と平行している.絨毛細胞の基底部は円錐状に細くなり,尖った突起をなしている.それが数本の細い糸状物に分かれていることがあって,これが上皮の下敷きをなすものに鈎で止めたように付着している.
一定の細胞でみると,絨毛の運動はいろいろと違ったぐあいにおこなわれるが,毛のなびく方向はいつも変わらないのである.小さい細胞で,しかも弱い拡大でみたのでは,絨毛細胞の特性はなかなか分からない.多くの動物のものを比較してしらべると,はじめて絨毛細胞の複雑な構造がいっそう明瞭にある.絨毛細胞は動物界の全体を通じて大きい役目をしていて,時としてはこれが唯一の運動器具をなしているのである(図45).
絨毛は単層の扁平上皮や高低のいろいろの円柱上皮にも存在することがある.後者は単層のばあいも銃創のばあいもある(図47).K. Peterの研究(Anat. Anz.,15. Bd.,1898,1899)によれば絨毛細胞の核をもっていない部分にも活発な運動がみられるのである.すなわち核は絨毛の動きには意味をもたない.またその毛だけを原形質の一部が付着しないようにとりだしても,やはりそれが運動するので,原形質もまたこの運動に直接の影響をもたない.絨毛運動をおこす中心はむしろ絨毛装置じしんのなかにあるのであって,基底小体のみがその責任を持つとおもわれる.この考え方と一致するのが精子Spermienの断片についての所見であって,中部Mittelstückとつづいている断片のみが運動をしめすのである.しかしなお基底小体と中心小体とが同じものであるかどうかが決定されていないし,また植物についての問題も容易に決まらない.(これについてはHeidenhain, Plasma und Zelle. Bd. I.,Jena,1907の287頁を参照のこと.)-v. Renyi (Zeitschr. Anat. Entwgesch.,81. Bd.,1926)は絨毛細胞の運動の中心に関する問題を新しい方法(生体染色,微小操作)を利用して研究した結果,"いままでの記載的および実験的な形態学において,絨毛細胞の運動の中心をいくらかでも確実さをもって決定することは,成功していない"という悲観的な結論に達したのである.
円柱上皮細胞や絨毛上皮細胞のそれぞれの集まりの中に,機能の上からは粘液細胞Schleimzellenとよばれ,形状の受けからは杯細胞Becherzellenとよばれる一種特別な細胞がある.その形は分泌物を含む量によって変わる.分泌物をほとんど有しないときは円柱細胞の観を円柱細胞の観を呈しているが,粘液が増していくると樽のような形になる.それも初めはまだ細長いが,だんだんと丸みをおびて膨れてくる.そうすると核は原形質の残りといっしょに細胞の基底部に移り,核の形が変わる.細胞の自由端のところが開いて粘液が密雲か綿雪のように膨れてその口から出て行く(図42, 47, 56, 57).
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腸の杯細胞は円柱細胞が変わってこれになるのであって,後者の原形質内に粘液顆粒(図48)ができて前者が生ずる.粘液顆粒は始めはごく微細であるが,そのときすでに粘液反応を呈する.すなわち塩基性の色素に強く染まるのである.それより進めば顆粒が増大し,またたがいに癒合する.もっとも癒合は概して顆粒が細胞の外にでたうえで始めておこるのである.
他方また,ある腺の粘液細胞では粘液の前進をなす顆粒がみられることもある.その顆粒は最初のうちは粘液染色で染まらないので,あとになって粘液顆粒にかわる.Heidenhaln, Plasma und Zelle, Bd. I.-Osawa, G., Über Darmepithelien. Mitt. med. Fakultät Tokio. 9. Bd.,1911.
[図47]ヒトの気管の重層絨毛上皮.細胞内の内網装置をKopsch-Kolatschevの方法であらわしたもの.×1000. (Kopsch, Z. mikr.-anat. Forsch., 5. Bd.,1926)
移行上皮細胞は扁平上皮細胞とはなはだ近い関係にあるもので,尿の通路のみに存在する.すなわち腎盂,尿管,臍胱にある.移行上皮の最も表層にある細胞は,この上皮が被っている気管がひっぱられているときは,幅が広くて平らになり,その気管が縮むときは熱くなる.この細胞は自由面にそって小皮性の1層をもち,また細胞体の下面にはいくつかのへこみがあって,これにそれより深くにある西洋梨型あるいは紡錘状の細胞の頭が入り込んでいる(図49, 50).
多数の上皮細胞がたがいに結合して1つの上皮をなすこと,すなわち一と続きで隙間のない1層をなすことは接合質Kittsubstanz(細胞間物質Interzellularsubstanz),あるいは細胞と細胞とのあいだを通ずる細胞間橋Verbindungsbrucken (Interzellularbrucken),もしくはこの両者が同時に存在することによって実現している.
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接合質の特別な一種であるところの閉鎖堤Schlußleistenは多数の上皮(それも諸所の粘膜の円柱上皮や移行上皮が主である)にみられるもので,これは表皮細胞の表面にむかった端のところを結合していて,表の方からみると閉鎖堤網Schlußleistennetzという網状の像をしめすのである.
細胞間橋は一つの細胞から他の細胞につづく原形質の突起と考える人があり,あるいは細胞膜の突起とする人もあり,またその両方だという人もある.その決定はむつかしい.もしもそれが原形質の突起だとすると,そしてこの考えは動物細胞は普通に細胞膜を欠くので確実性を有するのであるが,全身にわたる大きい細胞団の原形質が無数の突起でたがいにつづいているという重大なことになる.すでに胎児おいてこういう突起の存在が証せられる.すなわち早くから現われるもので,細胞相互のあいだを固く着けておくためのものである.他方ではまた細胞間隙Interzellularlückenという管が残っていて,そこを細胞間液interzellulare Flüssigkeit(上皮リンパEpithellymphe)という液が流動していて,これが上皮の栄養にはなはだ大きい意味をもつのである.遊走細胞もこの管を通って,上皮の表面に達する.
[図48]サンショウウォの腸上皮細胞における粘液形成.Aは小さい粘液顆粒をもつ細胞.Bは大きい粘液顆粒をもつ細胞.(Heidenhain, Plasma und Zelle. Bd. Iによる.)
[図49]家兎の臍胱より得た移行上皮細胞.×300. 左上:表層の幅の広い平らな細胞で2つの核を有し,下面に鋭く突出した明瞭な縁とへこみをもっている.下:それより深い層に属する2つの西洋梨型の細胞.右上:西洋梨型の細胞が1個,表層の細胞がもつへこみのかなにはまっている.(Kleinに基づいてSchäferが描いたものよりとった.)
[図50]尿管の移行上皮 ヒトの尿管粘膜の横断図.×500.
[図51]閉鎖堤網の模式図(Stöhr sen, による.)
[図52]細胞間橋 ヒトの表皮の切片.×1000. 細胞間隙が広くなっている.そのために細胞間橋のランヴィエ小節Ranviersche Knötchenが存在しない.*は核小体.
上皮層形成:すでに述べたごとく上皮細胞が集まって,一とづづきの被い,すなわち上皮を形成している.重なり合っている細胞層の数によって
a)単層上皮einfaches (einschichtiges) Epithel
b)重層上皮geschichtetes (mehrschichtiges) Epithel
が区別される.
理論的に云えば,この二つの型は上述の4種の上皮細胞のいずれにも存在しうるはずであるが,しかし単層の移行上皮というものはない.だからわれわれは次の7種の上皮を見ることができる.
1. 単層扁平上皮einfaches(einshichtiges)PlatternEpithel:その例としては網膜の色素上皮,肺胞の呼吸上皮,精巣網の上皮,胸膜や腹膜の上皮(図39, 53).
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2. 重層扁平上皮geschichtetes (mehrschichtiges) Plattern-Epithel:これに属するのはまず表皮,なお口腔,食道,声帯ヒダの自由縁,腟,角膜などの上皮である(図54, 55).
ここで注意するべきは,最も表面の細胞層のみが扁平な細胞からできていることである.最下の細胞層をなすものは円柱状であり,それに次いで多角形の細胞が集まっている.これは隣接する細胞から圧をうけて多角形となっている.表面の近くにある細胞は扁平であるが,最も表層にあるものだけが薄くて小鱗状である.細胞の形に応じて核の形および位置も変化する.核は下部の円柱細胞層では楕円に近い形であり,中くらいの層ではほぼ球形を呈し,上部の層では平たくなっている.
3. 単層円柱上皮einfaches Zylinder-Epithel:腸間では噴門から肛門までの上皮がそれであり,数多くの腺の導管や腺体(甲状腺,腎臓,前立腺,精嚢腺),脊髄の中心管,正看の上皮がこれがこれに属する(図56).
4. 重層円柱上皮geschichtetes Zylinder-Epithel:眼瞼結膜,大きい腺の導管の主幹,男の尿道,精巣上体管にこの種の上皮がある.
5. 単層絨毛上皮einfaches Flimmer-Epithel:気管支の細い枝,卵管,子宮,副鼻腔,精巣上体頭の管がこの種の上皮をもっている.
6. 重層絨毛上皮geschichtetes Flimmer-Epithel:呼吸道では鼻腔からはじまって気管支の細い枝まで,ただし声帯ヒダの自由縁をのぞく.そのほかに血管や鼻涙管がこの種の上皮で被われている(図57).
7. 重層移行上皮geschichtetes Übergangs-Epithel:これは腎盂,尿管,臍胱にある(図50).
上皮細胞の表面および内部にみられる分化äußereund innerre Differenzierungenははなはだしく多様である.それを全部述べることはくたびれ損の傾きがあるから,その大体を簡単に述べて,違った形のものが如何に豊富であるかを,ある程度わからせるとしよう.
上皮細胞の表面の分化のなかで,われわれはすでに細胞間橋と絨毛については述べたものである.動く付属物すなわち運動毛Kinocilienのほかに時として細胞の自由面に動かない毛すなわち不動毛Stereocilienがあるとされている.付属物のいま一つ別の型のものは精巣上体管などの細胞の方面にある細い毛の束であって,これは分泌物を導くはたらきをもっている(第II巻を参照のこと).
中心鞭毛装置Zentralgeißelapparatは精細な多くは短い1本の毛が細胞の自由面から外にむかって突出していて,鞭毛Geißelあるいは外糸Außenfadenとよばれ,その細胞の方面のすぐ下に多くは双心子Diplosomaの形で中心小体があり,なおこの中心小体から細胞の内部にむかって細い糸が集まって束をなしてすすんでいる.これらを合わせて中心鞭毛装置という.この鞭毛が動くかどうかはいままでまだ分かっていないが,精子細胞から最初に軸糸ができはじめる時と形態学的に似てはいる.しかしおそらくこの鞭毛は感覚器であろう.あるいは退化した構造物であろうか.というのはヤツメウナギの原腎の細胞にはかなり丈夫な鞭毛を1本ずつもつものがみられるのある.
[図53]ヒトの大網における腹膜上皮 細胞の境界を銀によってあらわしてある.
[図54]重層扁平上皮 ヒトの角膜上皮の切片.×500
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特別な種類の突起が網膜の色素上皮の細胞にみられる.それは原形質の突起であって,色素顆粒をもっていて,この顆粒は細胞に光の当たるときとあたらないときで位置を変えるのである(図59).おのおのの細胞がそういう突起をたくさんにもっている.
また腸上皮細胞の自由面は独特な形態をしめしている.そこにあるStäbchensaum(小棒縁)[いわゆる小皮縁Kutikularsaumと同じものを指す.(小川鼎三)]あるいはPorensaum(小孔縁)の微細構造を正確につかむことは困難である.この縁がたくさんの縦の方向に平行したすじをもっていることは容易に分かる.しかしおそらくこれは細胞の原形質が指状の突起をたくさんに出して,それをとりまいて特別な小皮性の部分があるのであろう(図56).これについてはR. HeidenhainとOsawaの研究がある.
上皮細胞の外面の分化でいま一つ別の形のものはいわゆる刷子縁Bürstenbesatzである.Lieberkühnの腸腺,胃底腺,腎臓の迂曲した尿細管では分泌がおこなわえているあいだ,その明瞭さに多少の差はあるが細かい動かない毛あるいは小棒の形をしたものが細胞の自由単に衣服の辺飾りのように着ている.それが分泌のとき以外は消えてなくなるのである(Nussbaum, Arch. mikr. Anat., 27. Bd.,1886).
ここで感覚器の上衣細胞にみられるいろいろと特色のある分化について述べるべきであるが,それは感覚器の項にゆずることとする.
上皮細胞の内部の分化がまた実に多様である.その1つとして角膜および水晶体の上皮細胞はその原形質が全く明るくて,透明な性質をもっていて,光線がそこを通過するのに最もよく適している.そのちょうど反対が色素上皮細胞であって,その原形質は多数の小さい,不透明な小体を含んでいて光の通過をさまたげるのである.
いま一つやはり明るくて透明な,しかもはなはだ薄くひきのばされて核を失った上皮性のものが肺の呼吸上皮にある.ここにはその他に顆粒にとみ,核をもった小さい上皮細胞もある.
内部の分化として興味のある1つの型は上皮細胞の石灰化Verkalkungであって,これは正常な現象として,歯のエナメル質形成に起きる.長い棒の形をしたエナメル小柱のおのおのがそれぞれ1個の上皮細胞の石灰化した部分なのである.この石灰化上皮細胞Kalk-oder Titano-Epithelzellenに対して空気化上皮細胞Aëro-Epithelzellenというのがある.後者では空気が上皮細胞間の迷路中に侵入して,そおで栄養液を押しのけている.それは白髪の若干の場合,なお爪のしくみ得る場所がこの状態である.空気は細胞間隙から細胞じしんの中まで入り込んでいることがある.
全身にわたって大きい広がりをもっているのが角化Verhornungの現象である.角化は例えば毛の表面の毛小皮におけるごとく細胞の全体に完全におこっていることと,表皮の爪の角質層におけるごとく不完全なものとがある.角化の現象は典型的な場合には次のごとく進行する.ある細胞層にケラチンの前進をなすいわゆるケラトヒアリンKeatohyalinが粒状にあらわれて,これがそのとなりの層では液化しており,次いでこの液化したケラトヒアリンがさらにその向うにある角質化上皮細胞Kerato-Epithelzellenあるいは角質小鱗Hornschüppchenのケラチン膜の形成を引き起こすのである.
[図55]角膜の上皮細胞をばらばらにしたもの.×700.
[図56]円柱上皮(ヒトの回腸の切片)×1000.
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上皮細胞の内部の分化としていま一つの別の種類は脂肪化上皮細胞Fett-oder Pio-Epithelzellenであって,その例は脂腺や乳腺の上皮にみられる.しかしこれらはわれわれが種々の上皮性の腺でみるところの細胞内部の変化についての万掌鏡ともいうべきもののほんのわずかな一部にすぎないのであって,それらの上皮性の腺については後に諸器官の項で述べることとする.
ここでは脊索Chorda dorsalisの組織について一言しておこう脊索は密に相接しあった細胞の集まりより成っていて,この細胞はやや進んだ段階では細胞膜をもち,細胞間橋(Studnicka)によってたがいに結合しているが,細胞間物質はごく少ししかなくて,そこに初めは膠原CollagenもコンドリンChondrinも含まれていない.しかしそれよりあとになると脊索組織の内部でそこそこに細胞壁が厚くなり,またその化学的性質がかわって,いわゆる脊索軟骨Chordaknorpelができる.それゆえ脊索の組織は学者によって結合組織に数えられ,あるいは上皮組織に数えられたりする(44頁を参照のこと).Schafferはそれが軟骨組織や結合組織に属するものではないと考えた.彼によればそれは支持物質の特殊な一型であって,宗族発生的に"軟骨組織の前進とみなされるもの� �あり,軟骨様支持組織chordoides Stützgewebe"と呼ぶことができるのである(Anat. Anz., 37. Bd.,1910).-Studnicka, Z. Zellforsch.,13. Bd.,1931をも参照のこと.脊索の増殖した残物が成人にもなお存在している.
上皮細胞と神経線維
近年まで一般に信ぜられた学説は,神経の非常に細かい終末部が上皮細胞の間にある,すなわち上皮細胞間の液の流れている迷路部にあるというのであった.もっとも,それが細胞内にあると主張する声もなかったわけではない.近年のすぐれた研究方法によって初めて,ごく細かい神経線維が上皮細胞の内部に侵入して,その細胞体の中で,しばしば核に近いところで細かい終末網をもって終わることが確実に証明できるようになった.Boekeは"角膜のほとんどすべての細胞が神経をうける"と述べている.彼は扁平上皮を構成する普通の細胞および感覚細胞における細胞内神経終末を特に記載している.(図60~62).
Eggeling, H., Anat. Anz., 20. Bd.,1901.-Heidenhain, Sitzber. phys. med. Ges. Würzurg,1899.-Studnicka, Sitzber. Böhm. Ges. Wiss. Prag,1899.-Zimmermann, Arch. mikr. Anat., 52. Bd.,1898.
[図57]多列絨毛上皮mehrzeiliges Flimmer epithel. ヒトの鼻腔の呼吸部Regio respiratoria. [多列上皮mehrzeilings Epithelとは本質的には単層であるが,上皮細胞の丈が高低いろいろで,一部のみ表面に達する.従って核の並び方をみると多層のごとくおもわれるものをいう.(小川鼎三)]
[図58]中心鞭毛装置 ヒトの精巣網の上皮細胞.(Alverdes, Z. mikr.-anat. Forsch.11. Bd.,1927より.)
[図59]2個の色素上皮細胞 ヒトの網膜,細胞の側面からみる.細胞の下部は色素を欠き,上方に向かって長い絨毛状の突起ができている.核は示されていない.(M. Schultzeによる.)
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[図60~62]上皮細胞における細胞内神経終末 (Boeke, Zeitschr. mikr.-anat. Forsch. 2. Bd.,1925より.)図60. チゴハヤブサBaumfalkenの角膜上皮の細胞.図61. ハリネズミの輪郭乳頭の扁平上皮細胞.図62. ハリネズミの味蕾の内部細胞(感覚細胞).
2.結合および支持組織Bindesubstanzgewebe
定義:結合および支持組織は細胞間物質(あるいいは原線維間物質),細胞および線維より成っている.
この組織は中胚葉に由来するもので,動物体の支持器官をなし,血液およびリンパをつくる.
このグループに属する組織はいろいろあって,互いのあいだで重要な多くの差異を示すが,その起原が一致すること,他のものに変形する性質があること,比較解剖学的に特徴があること,およびまた種としてその機能の点で,完全な1群にまとまるのである.これらの組織の大部分をまとめて特別な1群となして,これに結合物質Bindesubstanzという名前をつけたのはReichert 1845が初めてである.
上に述べた3つの成分はこの組織群に属するいずれの種類の必ず存在するが,その中で最も本質的なものは細胞であって,これから他の2成分ができるのである.つまり細胞が細胞間物質および原線維をつくる.-早い時期の胎児では始めに結合組織Bindegewebあるいは間葉(間充組織ともいう)Mesenchymとして細胞が集まって網状を呈していく(図63),この細胞が突起をだしてたがいにつづいている.間葉の細胞は結合および支持組織のいろいろの種類ができてくる源なのである.
細胞間物質Interzellularsubstanzは細胞や線維の間にある無構造ののもので,従ってその名前のごとく細胞間のみでなく,また原線維間物質Interfibrillarsubstanzなのである.
Schaffer(Anat. Anz.,19. Bd.,1901)はこの無構造の中間物質を接合質Kittsubstanzとよんだ.v. Korff: Merkkei. u. Bonnet, Ergebnisse,17. Bd.,1909をも参照のこと.R. Virchow, Kollikerやその他の学者によればこの物質は結合組織細胞から分泌されて生ずる.この"分泌説"Sekretionslehreに対して比較的新しく別の学説が登場している.それは細胞間物質が細胞の外形質Exoplasmaの変形によって生ずるという"外形質説"Exoplasmalehreである.それにあとで細胞からの分泌物が加わるというのである.Heidenhain, Plasma und Zelle. Jena,1907-1911.-Stundicka, Sitzber. Bohm. Ges. Wiss. Prag,1907, Anat. Znz.1907, Anat. Anz., 38. Bd.,1911. Z. Zellforsch., 4. Bd.,1926.
基質Grundsubstanzという名称は原線維と原線維間物質ないし細胞間物質をみな含めたものに用いられる.結合組織の線維の由来については後述39頁を参照のこと.
[図63]胎児の結合組織 ×400(Gegenraurによる.)
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結合および支持組織の形状はあまりにも多岐にわたっているので,その分類ということが特に必要である.Waldeyerは次のように分類して,学生にこのむつかしい部分をできるだけ楽に会得させようとした.彼がいうごとく:
この組織は細胞間物質と細胞と線維とから成っている.その第1群では線維が他の2成分よりもずっとめだっている.それに属するのは
1. 普通の疎性結合組織gewöhnliches lockeres Bindegewebe.
内筋周膜Perimysium internum, 神経内膜Endoneurium, 腺の間やその内部,皮下組織などがそえである.
2. 定形(あるいは強靱)結合組織geformtes (straffes) Bindegewebe.
腱,筋膜,腱膜,眼球外膜Tunica exerna oculi, 薄膜Albugineaなどがこれに属する.
3. 弾性組織elastiches Gewebe.
平滑筋線維の腱,椎弓間靱帯Ligg. inerarcualia,肋間靱帯Ligg. intercotalis,血管壁の中などである.
第II群は細胞間物質が他の2成分よりも著しくみえるもので,これに属するのは
4. 軟骨組織Knorpel-Gewebe.
a)硝子軟骨
肋軟骨あるいは関節軟骨,また喉頭,器官,鼻そのほか数カ所にある.
b)線維軟骨
椎間円板,関節半月と関節円板,大腿骨頭靱帯,関節唇,なお所により腱や腱鞘のなかにある.
c)弾性軟骨(あるいは網状軟骨).
耳,喉頭蓋,そのほか喉頭の披裂軟骨の一部,小角軟骨,楔状軟骨がこれである.
5. 骨組織Knochengewebe.
骨格をなしている骨やいくつかの感覚器にある.また筋系統とともに近い関係にある種子骨や腱の骨化もこれに属し,歯ではセメント質がこれである.なお喉頭軟骨および肋軟骨が年齢が進むにつれ骨化することもここで指摘しておく.
6. ゾウゲ質組織Zahnbeingewebe.
これは歯にだけある.
第III群は細胞そのものが最もめだってみえる場合である.
7. 脂肪組織Fettgewebe.
体じゅうどこにもあるが,とくに皮下組織,腸間膜,腎臓の脂肪嚢でよく発達している.
8. リンパ性組織(あるいは細網組織)lymphoides (cytogenes, adenoides, retikuläres) Gewebe. リンパ節,内分泌腺,骨髄,胸腺などにある.
9. 色素組織pigmentiertes Gewebe.
眼球中膜tunica media oculiがその例.