2012年5月11日金曜日

肺高血圧症・肺性心|慶應義塾大学病院 KOMPAS


はいこうけつあつしょう・はいせいしん

概要

 酸素の少ない血液が右側の心臓へ戻ってきて肺へ送られ、肺で酸素をもらって左側の心臓へ進み、さらに左側の心臓から全身に送られます。これが人間の血液循環の仕組みです。

 左側の心臓から全身へ血液を送る血管(動脈)の血圧が上昇するのがいわゆる一般的な「高血圧」ですが、右側の心臓から肺へ血液を送る血管(肺動脈)の高血圧が「肺高血圧症」です。

 肺動脈の血圧は正常では20/10(15)mmHg ほどです。(15)は平均血圧を意味しており、この値(平均肺動脈圧)が安静時25mmHg、運動時30mmHg以上となるものを「肺高血圧症」と呼びます。この病気は1998年から国より特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されており、慢性かつ進行性の難病であり、従来の治療では5年間の生存率が30%といわれていました。

 また、肺高血圧症の存在により右心室の機能が低下する状態のことを肺性心(はいせい・しん)と呼びますが、病状が進行すると心不全という通常の生活を送るのに必要な血液を送り出せない状態に陥ります。

症状

 肺高血圧症の初期は無症状です。しかし、肺動脈の血圧が上昇し病気が進行してくると、体を動かした時に息切れを感じるようになります。また胸痛、全身倦怠感、めまい、失神などを認めることもあります。肺性心となり右心不全を合併すると、足のむくみや食欲低下などの症状も出現します。

診断

 肺高血圧症を起こす原因はたくさんあります。肺高血圧症の原因を把握することは、治療を考える上で重要です。新しい国際分類(2003年ヴェニス分類)では、肺高血圧症は大きく5つのカテゴリーに分けられています。

 肺動脈性肺高血圧症は0.1mm前後の非常に細い肺動脈が固く狭くなり、血液が流れにくくなります。その中には下表にあるような病気が原因となります。

 特発性肺動脈性肺高血圧症は、この中で頻度が最も高く、以前は原発性肺高血圧症と呼ばれていた病気とほぼ同義であり、原因不明の難病です。この中には家族性のものもあります。膠原病性(こうげんびょうせい)肺動脈性肺高血圧症は、全身性エリテマトーデス・強皮症・混合性結合組織病などの自己免疫が原因で発症するものであり、比較的病状の進行が速いのが特徴で、特発性より生存期間が短い傾向があります(しっかり治療すれば大丈夫です)。


脱水から腎臓の痛み
  1. 肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension; PAH)
    特発性(原因不明なもの、以前は原発性と呼ばれていました)
    家族性
    膠原病
    シャント性心疾患(心房中隔欠損症によるアイゼンメンジャー症候群など)
    門脈圧亢進症(肝臓病からくるもの)
    HIV感染
    薬物性(やせ薬など)
    肺静脈に由来するもの
  2. 左心系疾患に由来する肺高血圧症
  3. 呼吸器疾患または低酸素血症に由来する肺高血圧症:慢性閉塞性肺疾患などに続発します
  4. 慢性肺血栓塞栓症:肺動脈に血栓が生じるもので、肺動脈内血栓内膜摘出術が適応となる場合もあります
  5. その他

(表)

肺高血圧症の早期発見は、非常に重要です。それは、早期発見と早期治療によって生存率が上昇するからです。肺高血圧症かどうかは下記の検査を行って診断します。

  • 心電図→肺高血圧症の結果として右側の心臓へ負荷があると心電図に現れ、肺高血圧症の診断の助けになります。
  • 採血→BNP値や尿酸値の測定により右側の心臓への負荷の程度を知ることが出来ます。
  • 胸部X線→肺高血圧症があると肺動脈が拡張することがあり診断の一助になります。また心臓の負荷が増えると心臓が拡大します。
  • 心エコー図→心臓の形態やパルスドップラー法により、苦痛なく高感度で肺高血圧症が診断されます。
  • アイソトープ検査→肺換気血流シンチグラフィーにより肺高血圧症の一因である肺血栓塞栓症を診断します。
  • 心臓カテーテル検査→頚部またはソケイ部(脚の付け根)よりカテーテル(細い管)を挿入し、肺動脈圧や肺血管抵抗(肺動脈内の血液の流れにくさ)および心拍出量(1分間に心臓から出て行く血液量)を直接測定します。肺高血圧症の病状を正確に評価するにはカテーテル検査が必要です。

治療

 肺高血圧症の重症度や病態により、治療方法を選択していきます。以下の治療法を適宜組み合わせて治療します。

  1. 内科的治療法
    • 酸素療法
    • 内服薬:利尿薬、抗凝固療法(ワーファリン®)、カルシウム拮抗薬、ベラプロストナトリウム(プロサイリン®、ベラサスLA®)、ボセンタン(トラクリア®)、シルデナフィル(レバチオ®)
    • 持続静注薬:エポプロステノールナトリウム(フローラン®)
  2. 外科的治療法

以下のそれぞれの治療法を紹介します。


定義の疲労

《酸素療法》

 肺高血圧症が進行すると、血中酸素濃度が低下します。血中酸素濃度の低下は、息切れや呼吸困難の原因となります。また、血中酸素濃度が低下した状態では、肺血管が収縮して肺高血圧症をさらに悪化させます。そのため、一部の患者さんでは酸素の継続投与が必要で、在宅酸素療法を行う場合があります。

《利尿薬》

 肺性心となり心不全が進行してくると、心不全コントロールのために利尿薬が必要となります。

《抗凝固療法(ワーファリン®)》

 ワーファリンは肺高血圧症の予後を改善するとも報告されています。そのため、出血のリスクがない場合にはワーファリンが適応となる場合があります。

《カルシウム拮抗薬》

 一部の肺高血圧症の患者さんでカルシウム拮抗薬に反応して肺血管が拡張し、肺動脈圧が低下することが知られています。しかし、カルシウム拮抗薬に反応性がある患者さんは少なく、反応性がある場合にのみ使われます。

《プロサイリン®(ベラプロストナトリウム)》

 肺血管を拡張させる作用があるPGI2製剤のうち、内服で投与できる製剤です。

《ベラサスLA®(ベラプロストナトリウム)》

 成分はプロサイリン®と同じベラプロストナトリウムですが、ベラサスLA®は徐放性製剤であり、血中濃度をより安定して持続させる効果があります。

《トラクリア®(ボセンタン; エンドセリン受容体拮抗薬)》

 肺高血圧症患者さんでは、血液中および肺組織中のエンドセリン-1という強力な血管収縮物質が多く作られているといわれています。このため、エンドセリン-1の作用を阻害すれば、肺高血圧症が改善できることがわかっています。エンドセリン受容体拮抗薬は、肺血管収縮と肺血管平滑筋増殖を阻害することにより効力を発揮します。副作用として血圧低下、肝機能障害、血球減少などがでる場合があります。

《レバチオ®(シルデナフィル; PDE-5阻害薬)》

 元々、勃起障害の治療薬として開発された薬剤です。PDE-5という受容体を阻害する働きがありますが、陰茎の血管と同様に、肺血管にもPDE-5が多く存在することがわかり、肺高血圧症に使用されるようになりました。本邦でも2008年に保険適応として認可されています。副作用として血圧低下、頭痛、顔面潮紅などが出る場合があります。


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《フローラン®(エポプロステノール; PGI2)》

 肺動脈に対する強い血管拡張作用と抗血小板凝集作用を有する薬剤です。1999年より、日本で認可されました。重度の肺高血圧症に対して使用され、現在使用できる治療薬の中で最も効果があります。しかし、薬剤の半減期(濃度が半分になるまでの時間)が約6分と非常に短いため、薬液を持続的に中心静脈カテーテルから体内へ投与します。中心静脈カテーテルはヒックマンカテーテルといわれるもので、皮下に埋め込む手術が必要です。

 海外では、他のPGI2製剤で、吸入ができるものや皮下注射ができるものがあり、本邦でも将来的に認可される可能性もあります。副作用として血圧低下、頭痛、顔面潮紅、顎痛、下痢、悪心、発疹などが出る場合があります。

《肺移植》

 一部の患者さんでは上記までの現在使用可能な治療法を継続しても治療抵抗性で右心不全が進行する場合があります。そのような患者さんでは肺移植を検討することがあります。肺高血圧症に対する肺移植は現在のところ当院では施行しておらず、肺移植実施病院へ紹介しています。

慶應義塾大学病院での取り組み

 1990年代より、新しい肺高血圧症の治療薬が開発され、肺高血圧症患者さんの治療成績を著しく改善しました。しかし、これらの新しい治療は、肺高血圧症が比較的まれな疾患であり、専門性の高い病気で、治療薬の取り扱いが難解であることなどの理由から、専門の知識・経験を必要とします。

 当院では肺高血圧症専門外来を開設しており、肺高血圧症の治療・看護経験が豊富な医師と看護師が、患者さんへの治療面・生活面・精神面まで含めたケアを行っております。当院は肺高血圧症患者さんの治療経験が豊富であり、他院からも多くご紹介・ご相談を受けています。

 また、比較的まれな病気でありますが、当院では通院される肺高血圧症患者さんが多いため、患者さん同士のコミュニケーションの広がりがあり、これらの環境も重要と考えています。


さらに詳しく知りたい方への書籍とwebサイトの案内

  1. 難病情報センターホームページ:(患者さん向け)特定疾患情報のページから肺高血圧症についての情報が閲覧できます。
  2. 国立循環器病センターホームページ:(患者さん向け)肺高血圧症についての説明が閲覧できます。
  3. 肺高血圧症情報サイト:(患者さん向け)グラクソ・スミスクライン株式会社が提供している肺高血圧症に関する情報サイトです。
  4. 日本循環器学会ホームページ:(医療関係者向け)日本循環器学会による肺高血圧症の治療ガイドラインが掲載されています。
  5. 日本呼吸器学会ホームページ:(医療関係者向け)日本呼吸器学会による肺高血圧症の治療ガイドラインが掲載されています。
  6. Pulmonary hypertension association:(患者さん向け)アメリカの肺高血圧症協会のホームページです(英語)。
  7. PHCentral:(患者さん向け)肺高血圧症に関する疾患・薬剤情報を提供しているホームページです(英語)。
  8. 原発性肺高血圧症研究所:患者さんの運営する、病気に関する情報を集めたサイトです。

文責:内科学(循環器)
記事作成日:2009年2月1日
最終更新日:2011年12月28日

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